まきあーと
薪運びがまだ続いてる。
軽トラックで5〜6台も運んだだろうか。
昨日三男の帰省の話しを書いたが、彼は「薪の残りは、後一台分くらいかなぁ。午前の早い時間なら手伝うよ!」と言ってくれたので、これから最後の薪運びに出かける。
扨てその薪だが、思いがけず大量に手に入り、体験教室に薪ストーブを、とか、pizza窯を作りたいなどと夢が広がった。
ここ数日、薪運びをしながら、その薪に係る思い出や夢が脳裏を駆け巡っている。それは24時間休む事なく続いているらしく、一昨日夜中、浅い眠りの中「 まきあーと」なるキーワードが脳裏に浮かんだ。
喫茶店などのメニューに有る「キャラメルマキアート」と「薪アート」がスパークしたのだ。何だかオレは脳の中でショート(スパーク)する癖が有るようだ。
例えば「サイモン&ガーファンクル」の「サイモン」と「宇右衛門?、うえもん?、ウエモン!」。「...モン」と「...門」の読みが一緒と言うだけで「ウエモンズハート」の呼称が生まれ、そのまま命名となった。
又、平成3年に牛の飼養形態をタイストール(繋ぎ飼い)からフリーストール(放し飼い)に変えた。そのフリーストール牛舎には、搾乳専用の部屋を併設するのが基本で、我が業界では「フリーストール ミルキングパーラー」方式と呼ばれているのだが、「ミルキング...のミルが、見る(観る)」と結びつき、搾乳風景を見せる。つまり、その2階から搾乳が見学できる「見るキングパーラー」に繋がった。
どうもオレのアタマはスパークする様に出来ているらしい。
で、本題の「マキアート→薪アート」だ。薪の山に象嵌の様にはめ込んで見た。
先ず写真を...
これは体験教室の入り口だ
次は体験教室を突き抜けた先の使い古したサイロの前にも象嵌をしてみた。
これは牛乳の輸送缶とウォーターカップを利用したテントウムシを嵌め込んだ。
次は渾身の作これは鹿の剥製に輸送缶を載せた橇を引かせ、後ろには昔掲示していた広瀬牧場の看板を嵌め込んでみた。
どうですか、面白いでしょう。
「オレの発想力って凄いな!斬新だな!」って一人悦に入っていたが、Google検索して見たら...... 、有る有る薪アート!
里音
日本酒の銘柄だ。
里音と書いてリオンでも無くリンネでも無く、「さとのおと」と読ませるらしい。
先日友人の渡辺ご夫妻が訪ねてくれた時の手土産だ。次の写真はいつもこのブログにコメントを寄せてくれるコーイチくんこと渡辺宏一君と奥さんだ
さて我が家は下戸ばかり。晩酌は元よりこの世に無くても困りはしない物のひとつだ。しかしかく言うオレは、若い頃から祖母から「オマエは鬼子だなぁ」と言われた位お酒は好きだ。とはいえ矢張り酒が無くても困らない程度だが...
例えば、人は何故登山をするのか?それは、そこに山が有るから!と言う程度だ。
どうも歳を取ると前置きが長くなる。
昨日は三男夫婦が里帰りしてくれたのだが、その三男は酒の付き合いが出来るオトコなので、仏壇に供えてあった「里音」の口を開けたのだ。
ラベルの横の方を見ると
しかし、「杜氏」では無く「米師」と書いてあるが、「米師」ってなんだ⁈その隣にはコーイチくんの名前が何故か印刷されている。理由は聞いたかも知れないが、忘れた!
能書きはこれ位にして早く呑もう。
「一口目。うん⁈薄らとフルーティな味わい。しかし雑味が無く二口目からはすいすい行けちゃう。矢張り純米大吟醸だ!」
今のオレにとって忘れてはいけないのは、難病の拡張型心筋症と言う持病を持っていて、毎月札医大の小山先生に診てもらい、「今月も大丈夫ですね」と言われるのを楽しみにしているのに!
オレは中位のグラスに2杯。可愛いもんだ⁈
三男も3杯位か。
しかし久しぶりに美味しい日本酒戴いた。
間も無く、冬
先日このブログで、つい四半世紀前までは薪作りは冬に備えての大事な仕事だったので、いつ使うか分からないけど薪が手に入ったので、我が家に運んで積み上げ1人悦にいっている。そんな写真をアップした。
一昨日の事だが、薪運びのついでに上札内の牧草地を一回り。
アレ、鹿だ!しかも(駄洒落じゃない)2頭だ。夫婦かな⁈
雪が降ると栄養価の高い牧草なんか食べられないよな。
まさか鹿達は昨日のニュースで、札幌も初雪が降った!なんて知らないだろうけど、着々と迫りくる冬の足音を感じて、栄養を蓄えるのに必死で、こちらの近ずくのも気づかない。
しばらく眺めていると、漸くこちらの存在に驚き飛びのく!
「おいおい、オレは銃は持っていないぞ。ジビエは好きだけど!」と思いつつ更に眺めていると、鹿も少しの間こちらの様子を伺っていたが、矢張り信じられないと見えて、2頭とも走り去って行った。
「あの軽トラいつ来たのか気付かなかったな!」
「ホントビックリした!軽トラって人間が運転するものだよな。フロントガラスに西陽が反射して、初め人間が乗っているなんて分からなかった。危なかったァ。」
「だけど銃で狙われていたわけじゃ無かったから、我々の天敵人間では無かったんじゃない⁈」
「いやいや、我々を畑作物を食い荒らす害獣なんて言っている農家の奴らが居るんだ。我々鹿にとっては命をつなぐことが大切で、野草と畑作物の境なんて関係ないのに。」「そう言えば、人間界には自分でエサを探さなくても、食堂とかレストランと言うものがあり簡単にエサが食べられるらしいぞ。更に恐ろしい事に、ジビエ料理と言うものがヘルシーで体に優しいとか言って、我々鹿や熊、更には内地では猪などの料理がもてはやされているんだ。」
「サシが入っているとか柔らかいお肉なんて、エサに好き嫌いを言ったり、運動もしない。そんな奴らにヘルシーなお肉なんて言われたくないよネ!」
「人間なんてどいつもこいつも信用できん。この次からは、交代で見張りしながら、食事しなきゃなぁ...」
「ジャンケンしょ、アイコでしょ、アイコでしょ、アイコでしょ....。アレ、チョキしか出せないや、お互いに⁈」
薪、夢が広がる
家内と昨日、軽トラック1台分薪を運んできた。
一月前父が、上札内で農業を営んでいた父の友人から、
納屋に蓄えてあった薪を譲り受けたものだが、薪や炭から石炭そして灯油へと家庭での燃料はここ40年変わって来ていて、薪は無用の長物となっていた。
そんな時代遅れの燃料の薪を何故今頃⁈と思われる向きもありましょう。
一つはオヤジのノスタルジーだ。いや、オヤジだけでは無く自分自身も平成7年に今の住宅を建てるまでは、薪ストーブもあり更には風呂は薪を焚いて沸かしていた。つい四半世紀前の事だが、秋の農作業を終わらせ12月になる前後には一年分の薪作りがはじまるのが通例だった。もたもたしていると、雪は降り始めたり、餅搗きの時期になってしまうので、寒いとか辛いなどと甘えてはいられなかった。しかし、予定通り薪が積み上がると、家族全員辛い厳冬期を乗り越えられる目処がつき、大いなる満足感に満たされたものだ。
もう一つは、古い牛舎を改造した体験教室にストーブを設置しようか⁈はたまた、馬小屋を来客用に改造した部屋に、ピザ窯をつくろうか、などと思いは馳せている。
さてその薪の保管場所だ。
長考の末、旧サイロの前のデッドスペースに積み上げる事にし、場所を確保して積み上げる。1ヶ月に一度受診する札幌医大の小山先生には、今状態が安定しているとは言え、心臓の拍出率は30%。常人の3分の1だ。疲れを感じたらすぐ休めるよう、パイプ椅子を用意して。昔の人から見るとチョーなまくらだ。
軽トラック1台分が積み上がる。
薪を運んだのは昨日だが体の事を心配して家内が軽トラックに同乗し、積み込むのを手伝ってくれた。
また、今日はウエモンズハートの従業員の女の子二人も積み上げをてつだってくれて、無事終了した。
薪を積み終え、軽トラックで移動していると、?。
ルピナス?枯れ葉の中に一輪。今頃⁈何か得した気分だ。