気が付けば、2週間
前回のトンビとの触れ合い投稿から、はや2週間がすぎる。
オレは頗る元気なのだが、件のトンビ、翌々日に死骸で発見された。
オレの優しさがトンビに通じて、一気に飛び去るのが忍びなくて、一定の距離を保っていたのかと思っていたのだが、矢張り想像した通り、カラスとの空中戦で傷ついていたのか⁈
動きの鈍くなったオッサンでも、優しさは信用してもらえなかった。残念だ!
扨、翌17日は、北海道公立学校教頭会主催の研究大会が北海道ホテルで開催され、食育について基調講演をさせて頂いた。


20日から22日にかけては、夫婦して札幌の病院の梯子。
老いぼれたものだ。救いは夫婦2人一緒に老いていくことで、何の臆面も無い!
そして22日受診後、一路美瑛町の白金温泉へ行き、一泊。のんびり温泉に浸かる。
旅館は美瑛の山の中の幽玄な佇まいだった。
23日病院ツアーも無事終わり、帯広にもどる。
24日は木野東小学校一年生80名をバス学習で受け入れ。
コロナの緊急事態宣言下、中止や延期が相次ぐ中、果敢にも体験に来てくれた。楽しい!体験が終わり、プレゼントのアイスを美味しそうに食べる一年生達

コーン収穫後の畑では、早速鹿達の「落穂拾い⁈」来る冬に備え、一生懸命だ。自然界では、冬を越すのは文字通り命懸けだ!

フウー!1週間振り返るだけでも大ごと。サボり過ぎだ!
ほろ苦い思い出⁉︎
今朝、バンカーに昨日夜運んだコーンを均そうと、停めてあったタイヤショベルに近づくと、「なに、どうした⁉︎」と思わず出そうになった言葉を呑み込み見つめてしまった。

逃げる風も無いので少しずつ近づくが、顔をこちらにむけるだけ

「随分と人馴れしている様だけど、何処かで飼われていたのか⁉︎」
それとも「カラスか何かと空中戦でもして怪我をした⁉︎」
少しずつ距離を近づけて行くと、矢張り危険を感じたのか⁉︎しかし羽ではなく、2本の足を使ってチョンチョンと身を隠す様にタイヤショベルの下に入ってしまう。
驚かさないよう「大丈夫だよ、オレって鳥肉はは嫌いだからさー」とぶつぶつ言いながら1m位までちかずく。
しかし信じてはもらえない様で、すぐ近くに外してある農機具の上に飛び乗る。
又正面からなるべく〝優しげな眼差し〟でトンビくんの眼を見つめながら徐々に距離を近づける。
10分位経っただろうか。〝優しげな眼差し〟と〝優しい声〟でつぶやく様に語りかけていたが、あと30cmの距離が縮められず、飛び去ってしまった。
50年も前になるか。何度も女の子に振られた苦い思い出が、走馬灯のように蘇った。
シーズン到来
今年もいよいよデントコーンの収穫が始まった。
自分自身、拡張型心筋症と言う病を得てからは農作業とは無縁の生活だったが、今春のブロードキャスターによる牧草畑への基肥散布から始まり、ロータリーかけ、テッターなどと合わせて、7年振りの収穫作業となる。
7年ぶりに乗るトラックやショベルカーの搭乗ステップが地面からの高さがこんなに高いのか!足腰が弱っているせいか、40cmくらいのステップからポンと降りたら膝のクッションが言う事をきかずよろけてしまう。
なんともはや!
年老いた事を嘆くか、余命宣告を受けた身体でありながら、ここまで快復させて頂いた事に感謝すべきか⁈勿論後者なのだが。
でも浦島太郎か、老いさらばえたものだ‼︎
慨歎は兎も角、息子の運転するハーベスターを追いかける。

お盆過ぎの大雨と風の影響でコーンが薙ぎ倒されている。

我が家では、畝が一番長い畑で、250間有る。
もう日もとっぷり暮れたと言うのに、中々止める気配がない。

早くやめてメシにしよう。
牧場と学校のコラボレーション
広瀬牧場ウエモンズハートは、帯広市立森の里小学校の校区に有る。
数年前よりその小学校に仔牛を貸し出す取り組みをおこなっている。それが真っ青な秋空の下、昨日から10日までの予定で始まった。
夫々に仔牛のお面をつけて一年生達は家畜運搬専用のトラックの後部の扉が開くのをワクワクして見守っている。

初めて間近に仔牛を見る子供達。

早速入学式のセレモニー。
校歌斉唱の後、歓迎の言葉。そして命名式。名前は「みるくちゃん」だ。

次に歓迎のレイをミルクちゃんに掛けてあげる。

新居の設置してある中庭に移動して、1人ずつ簡単な触れ合いと挨拶だ。
セレモニーの後、漸く新居に入りホットしたのか「ミルク」ちゃんは水を飲んだり、干し草を食べ始めた。
この4日間仔牛に幾度も触れ合い、エサやりや水やり或いは糞を取ったあげたりする中で、仔牛の体温や可愛さを心に刻んでほしい。そしてこの子達が成長していく中で、スーパーで売っているよく冷えた牛乳は、お母さん牛が仔牛の為に出してくれている、温かな母乳であるとか、スーパーなどでパックに切り分けられて売られている牛肉は、あの温かだった牛なんだ。と気づくことが大事なのでは!
「いただきます」は、食とは、命そのものを頂くというその感謝の気持ちなのだと言う事にいずれ繋がって行くものと確信している。
道しるべ
上札内博昭山荘の話し。
老父はかねてから、博昭山荘入り口に掲げる道標を、ウエモンズハートの職員達に頼んで製作していた。
数日前からその「道しるべ」を然るべき枝にぶら下げ様とトライするも、齢94では梯子も登れずロープも放り投げる事もままならず、苦心していたようだ。
見かねて今日、老父共に山荘に出かけ、希望の場所に取り付けてきた。

「私と熊さんの散歩道」と書かれた手作りの道しるべだ。
看板をぶら下げたハンノキの根本に立つ老父博昭。

左手は山荘、右手は熊さん用のけもの道
矢印付けてないけど、熊さん右手に行ってくれるかな⁉︎





