だれかな?
24日午前9時過ぎ、一台の赤い車がウエモンズハートの駐車場に入ってきた。
秘密基地の窓越しに見ていると、迷わず店の中に1人の男が入っていく。
ウエモンズハートでは、お客様様の都合優先なので、ジェラート18種類揃っていない事を承知であれば
時間前でも招じ入れているのだが。
そして9時半頃札幌市内の中学生の体験受け入れ予定時間が近づいてきたので、
外に出て行くと「オジさんこんにちは」の声がかかり振り向くと、
「?誰⁇」。目を凝らしてみると、何と⁉︎根室半島の東和田の矢部君ではないか⁈
頭は薄いが帯農時代から仲良くしている同級生の息子だ!
前日の帯広の森球場で開かれた高校野球十勝大会で帯農が出ると言う事で応援にきたそうだ。
試合は負けてしまったが、嬉しい一日のはじまりだった。
さてこちらは誰に決まるのやら
明日が投開票日。
いよいよ
今朝の道新24面。
「利尻山と黒岳 雪化粧」と言うニュースだ。
ここ帯広でも一昨日昼頃から急に気温が下がり始め、昨日の朝から一桁台の気温を記録しはじめ、
この傾向はあと数日続きそうで、新たな初冠雪の報道があるかも。
そういえば昨日午後、いちご農家の町田さんに出掛けた折、右手前方の日高の山並みが普段と違う事に気付いて写真を撮る。
日高連邦の山並みに一定の空間を空けて綿の塊を引き伸ばしたように雲が並んでいる。
銀河鉄道の長〜い連結車両の様に...
中高生の頃、春の農作業を手伝わせながら「春の3日は秋の1日だ。ここ十勝では、9月15日を過ぎるといつ初霜が降りても不思議ない。
2.3日位と、春の作業をのんびりやっていると、あともう一歩の所で霜にやられてしまうからな。
先ずは畑に種を預けてしまえば、一安心じゃ。さあさあもう一踏ん張り!」と、明治38年生まれの祖父種治に言われたものだ。
もう60年も前の事だ。
温暖化、温暖化と騒ぐ時代だが、「農作業の暦」は、50年.100年前と変わらない。
遺灰
「敬老の日」に続いて「遺灰」の話しは少し不敬か?
今朝の日経新聞の総合・経済3面
日本人は死後火葬されるの事が習わしで、火葬後遺骨を足元から頭に向かって箸で拾い、
骨箱に納め、その遺骨は参詣の対象として一定きかん仏壇脇に祀られ、その後墓や納骨堂に納め祀られる。
さて、火葬台の上に残った遺灰はどうなるのだろう⁈
きっと遺灰塚の様な所に集められるのかな?くらいに思っていた。
その遺灰がカネになるなんて、驚天動地だ!
新聞によると、残骨灰には、故人が生前に歯科治療した時に使われた金やパラジウム、
人工骨含まれるチタンなどの有価物が含まれる、とある。
その記事の中には、残骨灰の売却額ランキングが載っている。
こんな所にもカネに換算できる価値が有るとはビックリ...
いやいや、SDGsの時代。
限りある資源の有効活用と言う声も聞こえてきそう。
敬老の日
午前10時過ぎ、高祖叔母達が三々五々集まってくる。
隠居所には高齢の姉妹達が陣取り、
三人のつれ合い達は押し出される様に居間にいて茶を啜っている。
予定の11時頃、カメラマン役の長男が撮影場所の設営を始め、隠居所のおばさん達を召集。
撮影を開始。
初めは6人のおばちゃん達で...
つぎに、今日は脇役の年老いた夫達も交え、パチリ。
正午過ぎには、昼食の出前も届き、会食開始。
慌ただしく食事を済ませた長男は、写真屋さんへ直行し記念の額を作り皆に手渡す。
老母のたっての希望を叶える事が出来、親孝行もここに極まれり。
家内始め、長男夫婦のきめ細かな対応にも心から感謝だ!
高祖叔母
「こうそしゅくぼ」と読むらしい。
13日午後日高管内新ひだか町に有る「みついし昆布温泉蔵三」に向けて出発。
好天に恵まれるも、140kmの道を休みやすみ天馬街道を超えて日高入り。
蔵三に到着するも外観は工事中のネットが掛けられていて入り口が分からずウロウロ。
漸く海側の201号室に到着。海はいつ見ても、酸いも甘いも自分の越し方全てを包み込んでくれる。
17:42。窓の右端には丁度夕陽が海に没する所だった。
いつ見ても感動する。
翌朝早く朝風呂にゆっくり浸かり、さて髭でもあたろうかと思うも、愛用の髭剃りは忘れてしまった。
身体もしっかり温まり部屋に戻ると建物の陰で御来光は拝めなかったが、朝陽に輝く海が余りにも気持ちがよく写真に収める。
撮影時間を見ると5:45分。
昨日の日没からジャスト12時間後だった。
今回の日高行きは、来月94才になる母のたっての希望で、1人欠けたけど残る6人姉妹揃っての記念写真を撮りたい
と言う事で、浦河町荻伏に住む母方の叔母を迎えに行ったのだ。
そして夕食どき、9才の孫娘が、ひいおばあちゃんの妹はなんて言うのかなぁ⁈と聞くでは無いか。
誰も答えられない。
調べて見ると「高祖叔母」と書いて(こうそしゅくぼ)と読むらしい。