シンボル
北海道酪農は、開拓政策に異を唱え冷害に強い農業と言うことで、黒沢酉蔵、宇都宮仙太郎氏らが提唱、実践し広まりを見せたのです。
戦時中物資、肥料不足等で疲弊した農地に有機肥料をと言うことで戦後酪農が推奨された。そのための政策もあり昭和35年頃には日本全国で45万戸くらいにまでに増えたのでした。広瀬牧場もその1つで昭和23年に一頭のホルスタインの子牛を飼った所から始まっています。一頭が二頭、三頭・・・と増えていき、そのシンボルとして飼料貯蔵庫としてのサイロを立てるのが多くの牛飼いの夢でした。
立派なレンガ造りのサイロです。酪農に夢を持って建てたんでしょうね。牧場主の意気込みや高揚感が見てとれます。それがどうでしょう。
家族の病気?離婚?後継者がなかったか酪農を選ばなかったか?借金?牛舎も無ければ、住宅も跡形無く雑草や雑木の中にサイロ一人、静かに佇んでいます。
つわもの共が 夢の跡。 悲しいかな、今は離農のシンボル?!
二人掛かり
4月1日の朝の風景
入園式。
午前9時15分までに登園。よそ行きの洋服を着せられるのが嬉しくて、落ち着かない孫。
母親とおばあちゃんが大奮闘。なんとか着付けを終え、慌ただしく出かけた。
これから高卒迄だと、順調に行って16年、大卒だと20年の長い長~い学園生活。
これから色々な人生ドラマの始まり始まり~!
3月31日
29日、30日と野暮用で札幌に行って来ました。
29日夜。やはり明るいですね札幌の夜は・・・
いやいや一次会のみでホテルへ帰還。老いてますます良い子!?しています。
そして今朝5時前の帯広の我が家。家の階段踊り場から見た、裏の松並木。雪じゃ有りませんか。
昨年、綺麗な花を咲かせた栗の木。本物の花は少し早いので、雪の花を咲かせてくれました。
「今年も咲かせるぞ~!待ってて~。」と、栗の声が聞こえてきそうです。
昨夜から雪が降り始め今朝までに5cmくらいの積雪。
十勝は3~4月にかけて、爆弾低気圧の通過による大雪で一晩に1mくらい積もることは数年に一度くらいはあります。でも今回は除雪の必要も無く、久しぶりに水墨画のような幽玄な世界を愛でさせてくれました。
うつわ
これ、オリジナルの焼き物です。
友人の奥さんは多趣味な方で料理、洋裁、焼き物と絵付け、ピアノ、バイオリン、等々。その奥さんが広瀬家にプレゼントということで焼いてくれました。
これは浅めの小鉢で、我が家にぴったりの牛柄。"銀の匙"の絵を髣髴とさせる可愛いデザインで、大のお気に入りになりました。
少し斜めから見てみました。
今は私のご飯茶碗として使用しています。メシがうまい!!
寝ていれば・・・
2歳一ヶ月の孫。4月からは保育園へ。
一日中、家の探検。"ピン、ポーン"来客があれば接客。「いらっしゃいませ、ドウジョ~」大ばあちゃんに「おちゃ、オチャ」とお茶の指示!食事の際、「頂きます」と言えば「どうじょ~」。「ご馳走様」と言えば「美味しかった?」。おならをすれば「じいちゃん、プッてった!」と御注進。そのくせ次から次へと心の赴くままおもちゃを何処でもポイ、ポイ。散らかる、散らかる。誰に似たんだかね?!
疲れてバタン、キュー。年寄りも、ホット一息!!
寝姿は天使だねぇ!