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十二代目 宇右衛門の廣瀬文彦が語る ウエモンのよもやま話

2024年8月29日(木) 06:28

文科省から農水省へ

 今朝の業界紙の「論説」からIMG_4110.jpeg
農業高校の教員などに都道府県が支給する「産業教育手当」で、大半が支給水準(給与の10%)を下回っている、と言う問題提起だ。
2003年、同手当の権限が文科省から地方自治体に移行。
そこから、自治体の財政事情で減額する自治体が相次いだ。
文科省は「手当となる給料月額10%を普通交付税で措置している」と、責任逃れ。

 国の自存自立の為には食料の自給率アップが急務の時代。
先日呼ばれて後継者育成の為の意見を述べさせて頂いた道内農高校長会でも、
入学定員割れや就農者の減少が問題提起されていた。

 今から半世紀以上前に帯農酪農科を卒業した身として思い出すのは、教員から、新しい時代の農業者として誇りの持てる教育を受けた覚えがある。
つまり農業を誇りの持てる産業に育てて行くためには、農業高校は、文科省から農水省に移管して
経営して行く事が大切では...
他の産業教育もそれぞれの所管省庁が担う方が良いのかも

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2024年8月25日(日) 10:44

六次化研修

 23日午前、帯畜福間先生の授業の一環で、日米の学生達30人程が広瀬牧場に訪ねて来た。IMG_4087.jpeg
帯広畜産大学とアメリカウィスコンシン大学への相互訪問らしく、それぞれ2週間滞在して
日本の農業現場で見聞きし、比較検討しているらしい。
自分自身迷いつつも酪農業を生業とする様になり、日々仕事をして行く中で生消の大きな乖離に気づいた所から、
小さな個である自分にその溝を埋める事はできないものかと、もがく様に行動し始めたところから
「食育」とか「六次産業化」に自然と繋がって「十勝農楽校」や「ウエモンズハート」が出来ていた。
こんな話しをした。
勿論体系立てて。

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2024年8月23日(金) 20:59

真っ青!

 昨日、奄美の友人から特産の「島バナナ」がとどいた。
夕刻5才の孫と、夕食後のデザートに一本ずつ食べようか!と箱を開けてみると、IMG_4082.jpeg
写真のように真っ青なバナナでビックリ‼️
南洋の人は真っ青なバナナをバナナの葉で包み蒸し焼きにしていたような。
或いは薄切りにしてサラダかなぁ、などと家族で盛り上がったひと時だった。

 夕食後、送ってくれたH倉さんに電話をすると、電話の向こうから聞こえてくる声がかすれていて、
何か具合が悪そうだったので様子を聞くと、昨日(電話の前日21日にipsのハートシート移植を受けたばかりだとか。
心臓の手術を受けた翌日と言う事で、これ又ビックリ‼️

 今日夕刻、H倉さんから電話が有り、先程ICUから個室に移されたとかで、普通の声で安心。
真っ青なバナナは何処かに吊るして、黄色くなり始めると食べ頃とか。
階段ホールにこんな風に吊るして見た。IMG_4089.jpeg
孫達とバナナの収穫が楽しみだ❣️


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2024年8月20日(火) 05:55

巨星落つ

 今朝の道新
俳優のアラン・ドロン、フォーク歌手高石ともやさんが相次いで亡くなっていたとのニュースが載っていた。
IMG_4079.jpeg
もう5~60年前、酪農学園短大の北光寮で、酒を呑みながら同級生のつまびくギターを伴奏に、フォークソングを
時には肩を組み、大声で歌ったものだ。
新聞の見出しに載っている高石ともやの、「受験生ブルース」など、軽快なリズムと世相を反映したり、風刺の効いた歌詞に酔いしれた。

アランドロンはやはり「太陽がいっぱい」。
映画館で見た数少ない映画で、悪事ここに極まれり!しかし曽祖母の「ののさんが見てござるでなぁ」の言葉と共に大ドンデン返しの結末が忘れられない映画だ。

高石ともや82才。
アランドロン88才。
そして今の自分72才...


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2024年8月16日(金) 06:23

 お盆と言えば精進料理。冷麦があたり前と、育った。
そんな常識を破って、妹夫婦や三男家族が集まり、昨日はお盆のお中日だけど、長男夫婦の提案で屋外でバーベキューをした。
炭火で焼けた肉に舌鼓を打ち、ビールや日本酒をそこそこ頂き、久しぶりに楽しく美味しかった。

 そんな中酒の肴にと義弟達に、若い頃や古希間近になった今の夢について聞いてみた。
昨年キャンピングカーを手に入れた義弟は、まだ若い?うちに日本一周をしたいという夢を持っているそうだ。
彼は農業を生業とし大いに成功した部類だが、農業を継ぐ経緯を聞いて見た。
彼もオレと同じ帯農のOBなので、農高受験のきっかけは、父親が「お前が後を継ぐか農家を止めるか、どっちかだな」
と言われて、農業以外の選択肢が無かったとの事。
 
 帯広の消防署を定年退職してバドミントンの指導者で頑張っているもう1人の義弟は、
「商船高校に入り旅客船の乗務員となり、世界を走り回りたかったけど、弟妹がいる中で
家計に余裕が無いので市内のしかも公立高を受けてくれ。」と言われたそうだ。

皆んな夢とうつつの狭間で生きて来たんだなぁ。

後もう少し?夢見るジジイでいたい。

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