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2019年5月 6日(月) 10:05

老境

病を得、半分療養生活を余儀なくされている昨今、辺りの風景を見るとも無しに漫然と目を開いている事が多くなった。

ホスピタルパークの小さなせせらぎを見ていると、60年以上にもなる昔の自分が見えて来る。近所の沢を流れる小さな川で、男の子はパンツひとつ、女の子はシュミーズになって、浅いその流れに腰を落として水の掛けっこをしたり、川底一杯に広がる真っ黒な「カラス貝(ムール貝のような)」を手ぬぐい一杯にして持ち帰ったり。厳冬期には長靴の底にガッチャスケートをつけ、スケーティングの真似事をしている、無邪気な自分だ。

ホスピタルパークの外周にはイロハモミジやスダジイと言った広葉樹が、程良い間隔で植わっている。その木立に見え隠れしながら走って行く路線バスがあるのだが、このバスを見ると幼稚園の頃祖父種治に連れられて帯広の街に行った事も思い出される。これも60年以上前の事。
ある時には日本書紀或いは古事記を映画化したものを見せてもらった。
ムラで大暴れするすさのおの尊がムラを追い出されるも、ヤマタノオロチを退治しその尾の部分からツルギを取り出す。その劔を携えて旅をすると、周りの枯れ草に四方八方から火をつけられるも、その劔で自分の周りの枯れ草を刈払い事なきをえる。
またある時は、天の岩戸に隠れてしまった天照大御神を歌舞音曲で扉を開けさせ、鏡に映った自分の姿を見ているところを手力男の尊に岩戸を開けさせ、陽の光を取り戻す
いずれも天皇の象徴である草薙の剣に八咫の鏡だ。勾玉玉の事は思い出せない。
街に出る度に、三平ラーメンを食べたり、伊豆屋のパンを店先で食べたりもした。今でも外食が好きなのはこの時からの習い性か⁈
ある時は何処かの個人宅を訪問した時の事。祖父種治は玄関先で「じいちゃんの事をじいちゃんって呼ぶなよ」と、今思えば謎の言葉をかけられた後、来意を告げるようにその家のその家の戸を叩いていた。
遠くを見る事が多くなった!

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