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2019年5月 1日(水) 18:53

どこでもdoor

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昨日平成が終わりを告げた。

平成31年4月30日、退位の儀に臨む、平成天皇
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そして令和元年5月1日、新天皇の即位
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放送各局がこぞって5月1日午前零時を持って、元号が平成から令和に代わると言う歴史的瞬間を特集していた。
NHKなどは年末恒例の「ゆく年くる年」をもじって、「行く時代くる時代」などと言う、駄洒落ともつかない番組を特集していた。中身を見ないで批判するのもどうかと思うけど、自身見る意欲が無くなったのも事実だ。
昨日までの「平成最後の...」から一夜明けると「令和最初の...」と大騒ぎ。
何か5月1日午前零時を持って何かが変わる、そんな風な空気感が日本中を覆っていたのだ。
しかし、過去の改元で見ると、文久、元治、慶応で徳川幕府の江戸時代が終わり、明治と言う近代が始まり、巷では「御一新」などと時代の変わり目が強調されてもいる。
しかし、例えば散髪脱刀令(髷を禁止した訳では無く髪型を自由にして良いと言う意味)が出されたのは、改元から4年後の事。
又、現在のような新戸籍制度や近代的学制が始まったのが明治5年。とそれぞれ数年を経て変わり始めている。
因みに、わたしから見て4代前の廣瀬卯右衛門は、明治45年に61才で亡くなるまで髷を結っていたそうである。
第二次世界大戦(太平洋戦争)も日本が降伏したのがS20年8月15日だけれども、その1週間前の8月9日に日ソ中立条約を破って千島や満州にソ連軍が攻撃して来て、その15日のポツダム宣言を受諾したにもかかわらず戦闘は終わらず、どさくさに紛れて15日以降に占領された北方四島の帰属問題を、未だに引きずっている。
平成から令和。明治維新然り、太平洋戦争然り。
豈図らんや。かく言う自分も、澤先生から「平成最後の入院で病状をリセットして帰られたら...」と言われ今回の検査入院となった。しかし、心配な部分も見つかり、結果、令和にまたがる入院となってしまったのではあるが。
つまり、すべからく人生や時代と言うものは、ドラえもんの言う「どこでもドア」にはならないんだなぁ。

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