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十二代目 宇右衛門の廣瀬文彦が語る ウエモンのよもやま話

2022年7月 7日(木) 07:00

藤丸よお前もか!

 昨日の勝毎一面。
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 時代の象徴がまたひとつ...
寂しいものだ。

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2022年5月27日(金) 19:06

TVh

 このTシャツ、ご存知だろうか?F9D145AD-D809-45C4-A8B7-0430C3517F51.jpeg
胸のプリントをアップして見ると...
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ご存知の方も大勢いらっしゃるかと思いますが、北海道TVで1ヶ月に一回放映されている(らしい)ケンコバカレー部と言う1時間番組の取材が、5月17日に広瀬牧場とウエモンズハートを舞台に行われた。
ケンコバとは、吉本興業所属のお笑い芸人ケンドー・コバヤシの略称らしい。
そのケンコバが十勝帯広周辺の新鮮で美味しい食材を集めてカレーを作り味わうと言うもの、らしい(まだ見た事がないので...)。

 17日の収録は二手に分かれて食材集めにまわるのだが、ウエモンズハートには同じくお笑い芸人のロバート秋山と山之内すずとか言ううら若きタレントの二人が訪ねてきて、フリーストールの親牛を見て「すんごく、でっかいね」と感心し、育成舎では子牛ににミルクをあげる。
仔牛が美味しそうにミルクを飲む姿を見て「牛乳をこんなに美味しそうに飲むんだから、きっとカレーには最高だね。この牛乳分けてもらえます?」と言う流れだ。
そして、ウエモンズハートの店舗に移動し、瓶入りの牛乳を一気飲みして味を確認したあと、牛乳を持ち帰る、と言う所までが、ウエモンズハートでの取材だった。

 1時間程度の慌ただしい撮影だったけど、店のスタッフとの記念撮影にも気軽に応じてくれました。
その写真は、肖像権の問題もありここには掲載出来ず残念!

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2022年5月22日(日) 09:18

造林

 我が家の5反程の雑種地への植樹を、昨年度来森林組合に依頼していた。
今年度の補助事業に選定されていて、この連休明けから測量や喬木の伐採、果は枯雑草の除去など、地拵え作業が行われていて、その作業が昨日午後終了した。
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境界線を確定させる為には、測量結果は隣地所有者との軋轢が生じない様、慎重に進めなければならない。
そしていよいよ地拵え作業の開始だ。
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5人の作業員でほぼ5日掛かった。
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さて来週中頃の植樹になる。
樹種はカラ松。

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2022年5月15日(日) 16:24

そくせき

 即席ラーメンの話しでは無い。
先祖の移動ルート。つまり足跡についての話題。
もう5年も前の事。
廣瀬家のルーツと渡道後の足跡を調べ集大成した百年誌「賢者は歴史に学ぶ」を物した。その中で感じた事は、代々の奥さんの功績は夫々のオヤジ以上のものが有ると言う事だ。「感じた」よりも「痛感した」の方がより真実に近いのだ。
 さて今回は現在95才になる私の父の母親(私の祖母で昭和20年6月19日、父が18才の時に39才の若さで亡くなっているので、父にも断片的な記憶しか無い)のルーツである。
祖母の実家は上札内で駅逓(旅館)を営んでいた。
それ以前は北海道庁から茂寄村モイワで土地(原生林)の払い下げを受け馬牧場を開いていたらしい。除籍簿にはモイワ番外地とあるが、老父はその場所には随分と昔しに親類に連れて行ってもらったのだが、今では見当が付かないらしい。大樹町役場でもハッキリした位置情報は分からなかった。
 
 さてその除籍簿には大樹に来た最初の住所が、茂寄村エンダタラとある。大樹町史には当地の開拓者の中心的存在の一人で、エンダタラに八幡神社を勧進し、軍配を寄進したとある。
 オヤジの記憶ではその母方の祖父は、大相撲の行司をやっていたらしいとの事で、町誌とも合致する。
 そのエンダタラで代々農業をやっている知人にそこに案内してもらった。
そして何とそこの庫裡の欄間に明治38年の寄進者の名を書いた銘板が掲げられ、祖母の父の名前が書かれているではないか!
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最後の世話人としても書かれている。28BE9E89-7BC4-4442-B097-2BA26F277C19.jpeg

除籍簿の中では出身は兵庫県三原郡とあるので淡路島南部であるが、これも父の記憶と一致する。
 
 さて、大相撲の行司であった事を裏付ける資料を探さなければ...

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2022年5月14日(土) 17:29

何年ぶり⁉️

 昨日午前10時を回った頃、ウエモンズハートの勝手口を出ると、車のドアを閉めて店の方に向かってくるやや小柄なオジサンと目が合った。
ここ2年、コロナのパンデミックを抑えるためマスクの着用が義務付けられてから随分不便を感じるのが、目だけを見ての人の判別が難しくなったことだが、昨日は当にそれだ。
 「あれっ、この目は見た事があるぞ...」
そのオジサンは、何故か目が笑っている様に見えて、更に2、3秒目を離せずに見つめていると、矢張り目は怒っていないようだ。
絶対に知っているオジサンだ!
そして確信を持って「オオツカさん!」と声を掛けるとそのオジサンは焦らす様にやや間を置いてから、「そうだー...」と漸く声を発した。
二つ目の手掛かりである懐かしい声を聞き、「いやあ驚いた!懐かしい。何年ぶりだ⁉︎」と聞く。
オオツカさんは「車のドアを閉めて店に向かおうと振り向くと、勝手口のドアが開くと同時に、ヒロセの顔だろ!余りのタイミングの良さにこっちの方こそ驚いた。」と、のたまうのだ。
 時間にすると僅か5.6秒のこの間。何ともはや、疲れる。が、45年来の友人であるオオツカさんが旭川の孫にカップジェラートを送ろうと来店してくれたのだ。
 この「オオツカさん」は昭和52年に十勝農協連主催の十勝管内の農協青年部米、加視察団で一緒になり、10日間の行程中同室の仲だ。
 このオオツカさん、中々気難しい人だ。
羽田→シアトル→シカゴ(泊)翌日、シカゴオヘア空港→カナダトロント(2泊)と視察の旅は続くのだが、憧れのアメリカ、カナダに来れた事で、一日の視察が終わり夕食後には例え1時間でも憧れの地を見てやろうと、ホテルの近くを探検するのだった。
 同室だったオオツカさんを誘うも「オレは行かん」と素っ気ないのだ。そして3日目あたりからはオオツカさんには声を掛けず、日中の視察の中で仲良くなったトミナガさんと示し合わせて毎夜出掛けるようになった。
 その後ナイアガラフォールズ、そしてバスでカナダからアメリカへ越境。ウィスコンシン州マジソンに着いたあたりから、流石のオオツカさんも一人の夜が寂しくなったのか「何よ毎晩お前らばっかり...」と愚痴を言い出した。
余りの勝手な物言いに口論になってしまったが、結局オレとトミナガさんの後をついて歩くようになった。
 四つ年上で既婚者と言う大先輩でもあったので、面倒くさいヤツだなぁと同室になった不幸を嘆いていたのだった。

 帰国後、そのオオツカさんと仲良くなってしまった。
 マジソンで口論をした事でお互いの気心が知れたのだろう。夫婦でお互いの家を訪問したり、食事に行ったりしたものだ。

 20余年前、彼の家の庭先を道東自動車道が通り、一時は牧場の移転先を探したりもしたのだが後継者も無く、10年程前に酪農を止め土地は他人に貸し営農を中止。
オレはオレで体調を崩し、8年前には拡張型心筋症で余命宣告を受けるなどお互いに大きな環境の変化に伴い疎遠になっていた。

 そして、再会!
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写真右、74才のオオツカさんと70才のオレ。

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